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鉤爪 - A DAMP NIGHT

濡れそぼつ夜に怪物ひとり 尖る爪を弾いて数える 孤独な夜と塞がれた朝 いつか太陽の下飛び出して 砕け散ってみせようか 光に潰される最期は 淡い憧れ 涙も忘れた夜に怪物ひとり 尖る爪を腕に突き刺して 真っ赤な血と忘れた痛み 何度目だろう 朽ちた地下への階段 きみを求めて腕を伸ばし 光届かぬ地下に怪物ひとり 尖る両手を組み合わせ 神の裁きを待っている 流れる唄と忘却の時間

たそかれとき

夕暮れ町の三丁目 なんてありふれた夕暮れだろう 公園では子どもが駆けはしゃぎ 路地を車がすり抜けていく 区画整備碁盤の目 一軒家アパートがひしめく カーテン閉じたままの部屋 門灯の点いた家 夕食の準備テレビノイズ なんて平凡な夕暮れだろう 僕は夕日に向かって歩いてみる 人の生活って素敵だね 夢見た日常、溢れた感情 落ちて、墜ちた、無音の視界 「長く伸びた影」 「個別なる実際」 「もういいかい」

函の中の狂人 the worst

 「今日はとても天気がよかったの。日差しも穏やかで」 「もう秋か」 「あと一ヶ月もしたら紅葉が見れるんじゃないかな」 彼は視線をゆっくりではあるがランダムに動かしている。その瞳に連動するかの様にしてたまに頭がくらりと動く。 「一ヶ月先はどれくらい長いだろう?」 彼は無表情に言った。眠れていない様で、目の縁は赤く、目の下の隈は深かった。 そして、全てを断絶した冷徹な目は鋭く妖しい光を反射させていた。今にもその眼差しで彼女を切り裂いてしまいそうだ。 殺意は表立っていなかったが、攻撃的な様子であるのが観察出来る。 「二十四時間が三十日…」 意味の無い事ではあるが、彼女は時間に換算しようとした。 「七二十時間」 彼女よりも計算を素早く終わらせた彼がぶっきらぼうに口にした。 視線を彼の顔へと持っていくと、どことなく眠たそうな顔をしていた。 その顔の表情は少しだけ以前の彼に近かった。中心にある感情ががらりと入れ替えられてしまったせいで、違った様子になっているのだ。照明を温かみのある電球色から青白い昼光色に変えた様に。 おそらく、薬を投与されているのだろう。周期的に何かから抜けだそうとする様に頭を軽く左右に振っていた。 彼は片手を頭の後ろに持っていき、くるりと髪を指に絡ませると、時計の秒針に近い周期で軽く引っ張る。 「一日の睡眠時間を八時間として、四八十時間は覚醒状態。百冊は本が読める」 彼は喋りながらもその手を止める事は無かった。視線は彼女の頭の上あたりで止めている。その後ろに何ものかがいるのかも知れない。その後ろの何かに少しばかり敵意を滲ませている様だ。 「私はあなたを連れ出して紅葉狩りに行きたいの、叶うなら」 「医者が出してくれるか?こんな俺を」 悪意、憎悪といった負の感情を纏った彼の口元が歪に嗤う。 「あなたは、冷静」 その言葉に彼の手が止まった。再び眼が細まる。そして彼女の方へ冷たい視線を投げる。 「俺は人殺しだ」 半年前の出来事が、かつての彼からすべてを奪い去った。 それは、彼がずっと昔から恐れていた事であった。 人は、思ったよりも簡単に変質する。鋼のストラクチャがゴムの様に曲がってしまう時の様に、突然で呆気なく。防止できる様な明確なサインも無いまま歪んでしまう。対比が大きければ大きい程、周りに与えるショックは大きい。 「かもしれないけど」 「駄目だ」 強...

出張 (2) Invisible Side

 迂闊だった。と気付いた時にはもう遅かった。 頭の中の空間が現れる。いつも通りの空間だった。全ての面が襖で区切られた和室で、小さな電灯がぶら下がっている以外には何も無い部屋だ。散漫に見れば狭い部屋に感じるのだが、広さを捉えようとすると、広がっていく奇妙な空間だった。 その部屋の殆ど中央に立っていた。そして、俺の姿は先程のスーツではなかった。肩には鮮やかな浅葱色の衣が掛かっていた。袖に腕は通していない。右手は塞がっている。それが、この部屋にいる時の俺の姿だった。昔は着物を羽織っていなかったが、ここ十年程はこの姿が基本になっていた。 目の前には男が立っている。あの男だ。と認識した瞬間、自分の顔に敵意が滲む。 緩くウエーヴのある髪が彼の顔の半分以上を覆っている。髪の間から、皮肉を中に含んだ目がこちらを覗いていた。口元は気分を害するくらいに、歪ませている。 「まだ、こちらに来ないのか?」 男は低くゆったりとした旋律を奏でる様にして言葉を紡ぐ。しかし、その旋律は決して心地のよいものでは無い。雑音あるいは歪みが混じっているせいなのだろう。 気泡が混ざってしまったマテリアルを叩いた時の様に、僅かながら響音が歪になるのと似ている。 「いつでも待っているぞ」 低く掠れた嗤い声を立てて男はこめかみを右の人差し指と中指で指す。拳銃に見立てている様だった。そして、男の口が横に広がる。 「狂れるのは、いつだ?気狂いの岩倉」 その言葉に、俺はその男を邪視に近い視線で睨み付ける。 触れられたのは逆鱗で、全身に緊張が走る。 膨張した空気が爆ぜる様な感情が喉に力を込めさせた。声帯が震えている。殆ど聞こえないが、威嚇する様な高音が発されていた。 ―岩倉は、穢れている。 かつて、他人に言われた言葉を思い出す。 事実、精神疾患の多い家系だったらしい。原因が環境なのか、それとも遺伝子的な問題なのかという事は調べようと思えなかった。絡まった糸の様な部分があるだろう事も予測出来る。俺自身はその様な複合的なものだと結論付けた。 ただ、自分の知っている近い親族で自殺者が二人出ているのを知っている。これが多いのか少ないのかは判らない。中学に入って直ぐの五月、二人目の自殺者が出た時の葬儀場面が自分の中に暗い蟠りを作っている。 突然、足元が崩壊して落下する様な驚きと恐怖。そして、対処法も無いまま、対処しなく...

出張 (1) Visible Side

 高速で流れていく窓の外の景色は夕暮れ時だった。 出張で唯一苦手な事と言えば、行き帰りの移動である。 路線の行き届いた地域であればまだ嫌いにはならなかっただろうが、生憎、自分の住んでいる地域というのは電車の路線は無い。 かつては一時間に一本だけ電車が走っていたが、十年程前―自分が今の家に移り住んだ頃―に廃線となってしまい、一番近くの駅は車で三十分以上という足の悪さだ。 開発される様な地域でも無く、歩けなくなったらどうするのだろう。 その時には宅配サービスなどが充実していて欲しい。などと、どこか安易な事も考える。 この安易さは甘い、と自分でも思う。無理であれば、家を引き払ってもう少し生活のしやすい街に移動した方がよいのだろう。気に入っている家であるので、出来る限りは住んでいたい。実家の方に戻る、という選択はいつだったか捨て去ってしまった。 鞄の中からレジュメの束を取り出して、昼間の会議の内容を思い出す。 束の中で必要なのは数枚程だ。あとは印刷して渡される程の物でも無い。そして、会議の内容というのもこの資料の内容の濃淡と同じ様に必要性の無い部分が多い。もっとスマートな事が出来無いのだろうか。 ハンドアウトに載っているものは短絡的なもので、指摘する部分が幾つかあった。 試算が甘すぎる。もう少しシビアに見るべきだ。 あれでは中期以降の見立てはよくはならないだろう。その頃には基盤が脆弱化している。 土に手を入れなければ根が張らない。根を張れない野菜は実らない。それと同じだ。 疑問点を暗に含んだ質問をしたが、その回答はやんわりと「考えていません」というものだった。 そんな事でいいのか? 自分は大丈夫だ、と考えている事が見え透いている。上になる程、壊滅的な事態が起こらない限り、身の安全が保証されていると思い込んでいる。 後輩達を考える。更に拡大する。結論は自分の中で明確だった。 少し、こめかみの辺りが痛んで、指先で押さえた。窓の向こう側で、自分が少し苦笑しながら首を振るのが視えた。確かにそうだ、まだ出来る。と窓ごしの彼に答える様にして顎を引いた。 もう一度、資料に目を通して幾つかのメモを拾い読む。ラップトップを起動させて、レポートの構成を整える。駅での待ち時間に大体の書くべき内容、課題点は打ち込んであった。 全体がまとまったので一度全体を読み通して、文法的な間違いを直...

Cycle01 Past going on - 哲学の道

1.1 神様がいないから哲学するのさと頭を指して彼は言う 例えば論考の様に書ければ俺の問題は解決するか 「伝わるはずなのに、何故伝わらないんだ」という疑問から始まる 俺の意味とは: 意味や言葉、論理の隙間の語られない部分だ 解体と再構築をするこの目に事実と意味は繋がるのか 事実というのは意味を総て含む訳では無い 僅かな重なり 名に意味は付随しない 二つはイコールにはならない組み合わせだ 「言葉の限界について理解している。乗り越える事は可能か」 単純化と複雑化の狭間で揺れ動き続けている 「ありありと理解する事が出来る」 きっとこの様な感覚だろう 思想が見えないまま 哲学者の私的感情を感じ取る まるで見てきたかの様な映像 飽くまで理解した「つもり」なのだ 2.1 分かれた二つの道 一つは飛び込む 一つは落下する《ここ》から 俺の、世界との交わりは「追放」 捨て去られた果て無き遠さだ 「気持ちの悪さ」「不可解」この体のほとんどは二つが占めている この存在自体に不思議さと気味の悪さを覚え戸惑うのだ 人はこの不気味さをどう処理しているのか 認識さえ無いのか 俺は世界と対峙する 体に総てを受け突き進む 闘う 3.1 森を散策する昼下がり 踏みしめると展開していく思考 立ち止まる 考える 顎に手を当てて 空を見上げても「わからない」 ここで留まり続ける訳にはいかない だが、方向がわからない 「生き残った人へ。どのようにして通過していったのか、教えて欲しい」 思考する 思想する 人は何を思い 希うのか わからないまま 否定する者に存在はリフレインするのか ここには、何も無い Q.どのようにして死にゆく事、虚無を克服するのか A.意志の力 意志する力は自ら突き進んでいく 望もうとも止まらない 現れては消える意志のゆらぎ 統一という収束はどこに 3.2 存在は理性の中にある事で認識され存在するのか 思考に存在するだけの人間は存在していないのだろうか 事実、意志はソリッドに 存在というものはここにある氷結 手放したその一瞬は永続 いつまでもそのままの姿で 僕が死んだら《この》世界は無くなるけれど《あの》世界は変わらない 凪いだ世界 水面に立つ 無音 崩壊する世界は落下していく 幸せの鐘の音は真空に響かない 誰もが孤独の宇宙 《ここ》にただ在るのは無常 幸福も哀しみもいつかは忘...

Cycle02 para-phrase - コミュニケーション

自分の血肉の様に感じる事 呼吸する様に使う事 思考の断片を口にした時点で溝は深まっていくだけだ 本質を見誤らなければ形は意味を持たない事が解る 難しいという思い込みが単純な本質を見えなくする 「何が見えているか」と「何を見ているか」というのは似てるけど違う 例えば背中合わせで見る視界の端を共有しているだけ 僕の視座からは見えない位置から君が見ている事だけがわかる フレームを理解する 俺は、意味は、事実は、乖離したまま崩壊 外部からの認識、内部からの認識 ギャップは埋まる事無く あなたが切り取った世界はもしかしたら僕が切り落とした世界 捉えどころの無いものをどのようにして抉り取るか、切り取るか、だ 自分の視界から消えた人間が何もしていないと考えない あなたが気付いた頃には僕はもういない きっと見えない場所にいる 自分なんてものは流動的だから、固めすぎない方がいい 検証してもたどり着く結論は同じ 差異に寛大であれ 視点にこだわらない事 構造を複眼的に見つめる事だ 矛盾する物事の両方を飲み込めばわかるかも知れない