BBQ
「もう飛ばないね」 地面に落ちた蝉が羽をばたつかせながら鳴き喚いていた。 少女はその様子を屈んで見ている。傍にいた少年は蝉と彼女を見つめいる。 まだ彼女は命が尽きるという意味を理解していない。 何もかもがずっと彼女の捉えた状態で存在し続けると信じられる世界にまだいるのだ。 「蝉は、成虫になったら一週間しか生きられないんだ」 「一週間だけ?何で?」 死の記憶も無く、それを識らない少女は首を傾げて少年を見た。 「…何でだろう…?」 流石にその理由を的確に答える事が彼には出来無かった。 命のサイクル。繁殖の為の成体。死のスイッチ。 それでも蝉は七年の歳月をかけて成虫になる。彼の目にも、まだそれがアンバランスに見えた。 七日間の為に七年掛けて力を貯めているのかも知れない。ふと、そんな気がした。 「それくらいがいいのかも」 「無くなっちゃうのは嫌」 少女の目が小波の様に小さく揺れた。彼女は有るものが消えて失くなる事が大嫌いだった。 消失は不安を伴って、彼女の心を大きく揺さぶるのだ。それは台風が訪れた夜に似ている。 目に涙を滲ませて少女は蝉をじっと見る。少女の口先は拗ねた様に尖っていた。 少年も黙って地面の蝉を見た。 断続的に蝉はまだ鳴き続けている。喧しいくらいの鳴き声に彼は目眩を起こしそうだった。 最期はこんな風に地面をのたうち回って死へ向かうのだろうか。 出来れば、そんな事をせずにすんなりと死に抱かれたい。と彼は思った。 そんな暗いイメージを思い浮かべたのは二ヶ月程前、六月半ばの出来事が彼の中でずっと蟠っていたためだった。 今でもそれは簡単に頭の中で復元できた。彼に向けられた言葉は、生々しく耳に焼き付いていた。 「近寄るな」 予想もしなかった石の礫が、その時の彼に当たった。感情の水面に波紋が大きく広がり、水流が荒れた。 そして、水面は元の様になった気がしたが、礫は彼の心の底に動かし難い澱みを作った。 "違った" 子供。 「…僕達もあまり、長く生きちゃいけないんだ」 少年はぽつりと口にした。 彼の横顔はその歳に似つかわしくない程、昏い陰を持っていた。 少女の関心はすっと少年の言葉に移り、彼女は少年の方へ顔を向けた。 「どうして?」 不安の色が消えた少女は透明な瞳で聞いた。まだ何も識らない瞳だった。 しかし、知らない事を知ろうとする目だ。 先程の...